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キーボードに乗せた両手が踊るようにリズムよく文字を打ち込んでいく。 日が沈みきった22時を過ぎた今、俺は一人で大学の一室に残っている。
サークルで頼まれた“逢瀬高校学生虐殺事件”についてのレポートをまとめているとこだった。
逢瀬高校とはQ県にある山々に囲まれた人口一万人未満の小さな町“逢瀬町”にあり唯一の高校だ。
二年前、そこで事件が起きた。
その時高校にいた500人弱の生徒及び教師が日本刀のような鋭利な刃物で身体をバラバラにされ、それを実行したとされる当時一年生だった女生徒、姫鶴 舞佳及び事件に関わったであろう数名が今もなお見つからず、失踪している。
どうすれば16歳の少女にこんなことが出来たのか、様々な議論がニュースやネットなどで繰り広げられた。しかしそんなのは一年もすれば熱が冷める。ましてや田舎の出来事だ。新しいもの好きな人々にはもはや記憶の片隅に僅かに残っている程度でしかないだろう。
だが、俺はそうもいかなかった。俺は忘れていない。それどころか当時の現場を今でも鮮明に覚えている。
何故か?答えは実に簡単。俺が逢瀬町生まれの逢瀬町育ち、虐殺された500人の怨念から逃げてきた弱虫だからだ。だから俺が逢瀬町出身であることを知ってる友人に無理やりオカルト科学研究会(何かがおかしい名前な気もするが)に連れてこられてこんなレポートを書かされている。
話がズレた、戻そう。何故俺があの町から逃げてきたか、だ。
あの町にいると彼らが夜な夜な枕に出てきて『仇を取ってくれ。無念を晴らせ。それが理不尽な死を逃れた者の定めだろう』そう言われてるようで気が気でならない。
そりゃ俺だって出来るなら彼らの仇を、無念を晴らしてやりたい。だが、俺はあいつの様な正義の味方ではなかったのだ。俺は姫鶴舞佳を捜し出してぶん殴るなど出来ない。
結局、当時は強いと思っていた俺はとんでもない弱者だったのだ。
「ふぅ」
よし、今日はこれまで。これ以上いては終電を逃しかねない。
荷物をまとめて出ていく。
「こっちはやっぱり星が見えないな」
黒く深々とした空を見上げる。そこには逢瀬にいた頃はいつも見えた星々の燐光はなく、ここから見える空は逢瀬の空とは違うのではないかと錯覚するほどだ。陽の光を遮るだけのカーテンのような夜空には、ただ紅色の月が不気味に笑うようにあるだけだった。
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