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「あれ?もう鬼ごっこはおしまい?」
路地裏に差し込む街灯の光を遮って少女の姿がそこにあった。両手で構えているのは居間の扉と玄関の扉をぶった切った凶器、悪趣味なデザインの大鎌。まるで死神じゃないか。笑えない比喩だ。
「じゃあね、お兄ちゃん」
鎌が振るわれる。目標は間違いなく俺。金属の扉を両断する刃物なんて普通は止められない。そう、普通は。
「くそったれがァー!」
右腕に握ったそれで弾き返す。鳴り響く金鳴声。高い音が路地裏の狭い壁に反響する。あいつの武器が大鎌なら、俺の武器はこれだ。
「あれ?」
仕留められなかったのが意外なのだろう。きょとんとしている。その隙に路地裏の奥に向かって飛ぶ。
右腕に握ったものを確認。あの頃の面影なんてまるでないぼろぼろの包丁サイズの刃物がそこにあった。こんな今にも折れそうなものだが現状況で我儘は言ってられない。
これでどうにかあいつを撃退しなければ。一度深呼吸。爆発しそうな心臓の鼓動と乱れ狂った呼吸を整える。
よし、今から反撃開始だ。目の前の少女を見据える。
「なにそれ」
呼吸が止まりそうなほど冷たい声だった。
「本当にお兄ちゃんなの?そんなのになるまで落ちぶれちゃったの?」
表情と声から読み取れる。少女は心底落胆している。俺に、少女の中の理想の兄貴に。
「違う違う違う!お兄ちゃんはそんなんじゃない!お兄ちゃんはもっと大きくて!硬くて!逞しくて!強かったの!」
少女の顔にもう笑顔はない。ただ、飽きた玩具を見るような目で俺を見ていた。
「もう、いいや」
閃光が走った。ほんの一瞬輝いた微かな横一文字。俺は間違えていた。500人を殺したやつに、逃げ出した弱虫が勝てるとか、そんな甘い現実はないのだ。
上半身が地面に落ちていく中、俺は去っていく少女の背中を見ていた。
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