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「ねえ!」
「ん?」
「えっとね、あのね……また、すずがね。もしすずが……」
どこか恥ずかしそうなその言葉に、僕は笑う。
ああ。もちろん。
僕はいつだって。
何度だって。
この手を、君に――
***
遠く聞こえる祭り拍子。
伸びやかで調子の良い笛の音と、力強い太鼓のリズム。
誰も彼もが浮かれ気分の境内。香ばしいソースの匂いや甘い芳香が立ち上り、行きかう人々は皆一様に楽しそうだった。
それに少しだけ、僕はため息を零す。
「はぁ……」
本当に小さくだったけれど、どうやら谷口には聞かれたようで、頭をゴツンと叩かれる。
「いてっ。おい、何するんだ!」
こいつは手加減ってものを知らない。だから体育会系は嫌いなんだ。
僕の恨みがましい視線など、谷口はどこ吹く風で受け流す。
「あのなあ……お前。お祭りに不景気な顔して参加する奴があるかよ」
そうは言われてもね。僕は元々参加する気なんてさらさらなかったんだから。
「……それは悪かったね。不快なら今からでも帰るよ。うん。むしろそれがいいそれでは皆さん。さよなら、さよなら、さよな」
「だああ、だからお前は何でそんななんだよ! この鉄面皮眼鏡! くの、このこのこの!」
「おいばか、やめろ谷口! 髪が乱れるだろう! これセットするのにどれだけ時間掛けたと思って――ハッ」
しまった。
「へぇ。ほうほうほう」
それまで一言も発しなかった元木が、急にニヤニヤしだした。
「な、なんだよ」
「いんやぁー、べっつに~。ただ、葉月センセはほんとにむっつりだなーって。ねえ、谷口どん」
「そうだなー筋金入りだよなー元木どん」
言いつつ、奴らは謎のアイコンタクト。
二人は罠にかかったアザラシを見つけたエスキモーのような、とても穏やかな表情を浮かべている。
うん。死ねばいいのに。
僕は引きつりそうになる顔を背け、盛大に舌打ちしようとして――ぽかん、とする。
その視線を追い、谷口がより一層笑みを深めた。
「おい、絹川さん来たぞ!」
「うーん、浴衣美人。菜穂ちゃんも可愛いけど、秋涼ちゃんはまた別格だよねー」
こちらに気付いた二人が手を振り、野郎共が歓声を上げた。
僕は今度こそ舌打ちをした。
……赤く火照った顔を自覚しながら。
くそ。
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