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***
葉月と秋涼。
共に八月を指す言葉。
僕たちの両親はそれは親しく交流をしており、同じ月に生まれた僕たちも、それは仲良く育ったものだ。
だけど……
成長するにつれ、僕はなんだか気恥ずかしくなった。
名前のことでからかわれるのは嫌だったし、彼女も日を追うごとに美しく成長していく。
それでも彼女は、屈託なく僕に接してくる。
その理由はうすうす感じてはいたが、僕にはその頃、それを重荷のようにしか感じられなかったんだ――
***
案の定。僕らは二人きりにされた。
はぐれる前に『うまくやれよ』って……谷口よ、わざとなのがばればれじゃないか。
「どうかした?」
「あ、いや。なんでもない」
僕が小さく頭を振ると、
「そっか」
スズは薄ぼんやりとした提灯の明かりでも分かる、綺麗な微笑を浮かべた。
その表情は、紫陽花の刺繍された淡い紅色の浴衣にとてもよく似合う。
僕は気恥ずかしくなって慌てて顔を逸らす。
「ねえ、浴衣、変じゃないかな?」
「さあね」
つっけんどんに言うと、スズは表情を暗くする。
それに僕は慌てて言いなおした。
「あ、に、似合ってると思うよ」
「ふふ、そう? 葉月もその浴衣似合ってる。でも、その髪型は超へん~」
「……そうかよ」
いい加減気恥ずかしさに耐えられず、僕は無言で歩き出した。
「ねえ、どこに行くの? 花火、始まっちゃうよ?」
背後の声を無視して、僕は境内の階段を登っていく。
***
着いたのは、古い社の傍にある、崖にせり出した大きな大きな岩の上。
大人四人がゆうに座れるほど巨大な石だ。
なにやら神聖なものらしく、注連縄が巻いてある。見つかれば大目玉を食らうことだろう。
だが、
「わあ、綺麗! ここだときっと花火がよく見えるよ!」
こんなことを言われるなら、後で怒られても……まあ、悪くはないと思う。
けれど、口から吐いて出るのは違う言葉。
「何で着いてくるんだよ」
「ま、いいじゃん。座らないの?」
「いや、いい。浴衣が汚れるだろ」
「ふうん」
スズは構わずその場に座り込んだ。
ちらりと覗くその素足に思わずドキッとなる。
こういう無防備なところはちっとも変わっていない。
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