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「なんだかな……」
頬杖をつき、眼下を眺め溜息一つ。
今になって思う。
アレはないだろうと。
だけど、どうにもあいつを前にすると言葉が出てこない。
「話したいこと、か」
そうは言われても、何を話せばいいんだろう……
僕はあいつに、何を伝えたいのだろう。
僕にはさっぱり分からなかった。
あいつのことが嫌いなわけではない。
むしろ……なのだと思う。
ただ、一緒にいると妙に気恥ずかしくなり、言葉が出てこない。
自分の感情が、うまくコントロールできないのだ。
「はあ……」
さらに溜息を吐くと、僕はのろのろと立ち上がった。
谷口たちはどうしているだろうか。
合流したらあれこれ聞かれるだろう。どのみち明日にはばれるだろうが、今日はもう誰とも顔を合わせたくない。
帰ろう。
そう思った時だった。
ぽたり、と何かが手のひらから落ちた。
「え?」
赤い、雫だった。
首を傾げる。
手のひらでも切ったのだろうか。
僕は手のひらを見つめ、驚愕する。
両手が真っ赤に染まっていた。
なんだ、なんだなんだ何なんだ!?
ぬめぬめとした、赤い液体。
それが泉のように僕の両手からあふれ出した。
痛みは感じないのに、それは両手を染め、胸元を染め、肘まで伝い落ちる。
手の中には、いつの間にか何かが乗っていた。
ずしりと重い。
急速にそのナニカが冷たくなっていく――
「う、わああああああ!」
言い知れぬ感情の発露。
僕はついに叫び、恐怖に尻餅をついた。
だが、次の瞬間それは幻のように消える。
「え、あ?」
胸元にも、血の一滴たりとも付いていない。
一体どうなっているんだ?
ただ、胸の動悸は一向に治まらない。
ひどく嫌な予感がする。
・・・・・
まるで大切な何かが失われてしまうような。
「っ!?」
僕は言いようのない不安に駆られ、境内の階段を引き返した。
***
「はあ、はあ……」
僕は階段を上りきると、急いであの大岩に向かう。
見ると、スズはまだあの大岩の上にいた。
そこに立って、空に片手を伸ばしていた。
いい気なもんだ。
「まったく。驚かせるなよ……」
スズはこちらに気付いていない。
このまま立ち去ろうか。そう思った時だった。
あいつは何を思ったか、ぐっとさらに身を乗り出した。
闇のわだかまる虚空へ向かって。
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