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「おい、ばか!」
「えっ? きゃっ」
ずる、とスズの足が滑った。
そのまま、宙にその体が投げ出されていく。
僕は目を見開き、言葉にならない声を上げながら大きく手を伸ばす。
「スズ!! 掴め!」
グチャグチャとした思考は全て吹き飛んでいた。
あいつと目が合う。
驚きの表情。だがやがて顔を嬉しそうに綻ばせると、声を上げた。
「――うん。うん!!」
***
気が付くと、僕は真っ白い空間にいた。
両手を目の前で広げる。
僕の手は、いつの間にか節くれだっていて、背丈もあの頃よりだいぶ伸びていた。
ここはどこだろう?
何もない、まるで白紙の本のような――
ああ。そう、本だ。
「それが、貴方の後悔ですか?」
パラパラパラ。
彼の手の中で、白紙の本がひとりでに繰られていく。終わりの方のページから、最初に向かって。
「……ええ。そうです」
坂崎と言ったか。僕にはそれが何を意味しているのか、何となく理解してしまう。
「……この世界は、貴方が作り出しました」
「ええ」
「けれどこの本(セカイ)はもう貴方の手を離れた。貴方の未来が、彼女と共にあるとは限らないのです。もしかしたら、似た過ちを再び繰り返してしまうことになるかもしれません」
わずかに一拍。
それから、彼は言った。
「それでも貴方は、この世界を肯定できますか?」
パラパラ。
パラパラパラ。
ページを繰る音と共に、僕の中の何かが消えていく。
積み重なっていった記憶。
それは何も、悲しみだけではない。
ともすれば、それに釣り合うだけの大切な記憶だってある。
それでも僕は。
そう。僕は……
「決めたんです。いや――」
頭を振り、改めて言い直す。
「決めていたんです。あの時に」
約束。
僕はそれを、守るって。
「そうですか」
彼はその答えに微笑んで、小さく頷く。
そして――
パラパラ、パタン。
本が閉じた。
それから、新しく現れた本が僕の目の前でひとりでに開き、光があふれていく。
まぶしさで視界が塗りつぶされていく中、その声は囁きのように僕の耳に届いた。
「――貴方の行方に、甘い後悔と苦い幸いを」
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