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ほしい。
ぼくは、あの人の望みは叶えられないと思う。
はっきりと言う少年に、視線を逸らすことなく、真っ直ぐ見上げてくる幼い瞳に、ソレは正直に真実驚かされて目を見開いた。
こんな、己より幼い人の子が。 まだなんにも知らないような子供が。
まるで、全てを知って、受け入れているような顔をする。
なんにもこたえないソレに、なにかおかしなことを言っただろうかと少年が戸惑いだした時、ふわりと二人の周りに風が吹いた。
ソレが最初に気づいて、続いて少年が気づいて振り返る。 そこには、闇が少年を見つめ立っていた。
「“名無し”、おいで」
その静かな呼び掛けに、少年は直ぐに応えた。
闇の側まで駆け足で寄ると、どうしたのと首をかしげながら見上げる。 その仕草に、闇が笑った気配をソレは感じて内心驚いていた。
闇が、あの、闇が。 主が笑った?
どぎまぎしていると、闇の手が動き、同時に少年が崩れ落ち、闇に抱えられた。
「あの家では、ゆっくり休めもしなかったのだろう」
囁く声音も、まるで優しくて、綿毛のように少年を抱く。
ソレは、己の見ているものが信じられず、けれどこれは現実だと実感していた。
思考停止直前のソレに、少年をしっかり腕に抱えた闇は視線を向けた。
その視線の、なんと冷たいこと!
少年に向けていたものと百八十度違う刃物のなんかより鋭い視線。 絶対の支配者。 闇の王。
ソレは自然と、意識することなく跪いた。
「イチイ。 今後、この子に悪意を向けるようなことあれば…――――その命、ないと思え」
「はっ」
切りつけられる覇気。 底冷えするその声に、頷くことしか出来ない。
闇はそれだけ言うと、少年を抱えたまま姿を消した。
後に残されたソレは、ようやく重い重圧から解放されてその場に手を突き、肩で呼吸し冷や汗を流した。
「…………こ、殺されると思った…………」
普段滅多なことでは感情を揺らさない主の、久しぶりの怒気。
それほどに、主は本気なのだ。
あの‘希望’に。
「…………でも、主」
闇が消えた空間を、じっと見つめる。
もう届かないソレらの想い。 ずっと、ずっと隠し抱いていた主と真逆の願い。
ソレは、ぽつりと溢した。
「俺たちの主は、貴方だけなんだよう…………」
まるで泣き出しそうなそれは、風に吹かれて霧散するだけだった。
どこにも届かない。 貴方にもキミにも。己にも。
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