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――――昔むかし、のお話だよ。
そう囁く男の、弧を描く口がまるで三日月みたいだと、ぼんやりする頭で思った。
男は目深に被ったフードから覗くその口の端を更に引き上げるとまるで針のように鋭利で長い爪の生えた手で存外優しく頭を撫でる。
――――まだ今の君には難しいお話だったかもしれないね。 けれど覚えておく必要はないんだよ。 真実は私だけが知っていれば問題ないんだから。
夫婦はそれから、次に生まれた子供に呪いをかけた。 悪魔に、その子供がはじめの子供だと思わせる呪いと、もう一つ。
頭を撫でる手とは反対の手で、指を二本立てる。 その手の爪も、鋭く長い。
――――もう一つ。 そう、夫婦はその子供にもう一つの呪いをかけた。 その子供が将来、確実に悪魔に渡されるように。
男の喉が震える。 まるで堪えきれず溢れたようなその笑いは、すぐに止み、男は膝を折ると目線を合わせて両手でそっと寮頬を包み込んだ。
その手のなんて冷たさ。 ひやりと背筋が震える。 まるで氷のような、鋭利な冷たさなのに。 何故その手つきは優しく、柔らかいのだろう。 そのギャップに戸惑ってしまう。
――――そのもう一つは、君を孤独にしてしまう呪い。 君を、独りにしてしまう呪いだよ。 誰からも愛されない“存在しないもの”。
けれど彼らはとても愚かだ。 私が、そんな目眩ましに騙されると本気で思っている。
男の被るフードが少しずれて、その両目が顕になる。 真っ赤な、それは林檎のような、薔薇のような、血のような鮮やかな赤色。
ひんやりとした手が、そろりそろりと撫でてくる。 その長い爪で傷つかないよう、そろりと。 目、鼻、耳、口、と。 なぞるように表面を滑り流れていく。
やがてその両手は顔より下に降りて、首、鎖骨、肩をなぞり、その細い首に回される。
こくり、と喉が上下する。
――――馬鹿な人間。 可哀想な人間。 愚かな人間。 けれど私は騙されているフリをしていてあげよう。 代償が払われるならば問題はないのだから。
そう囁き、男はうっそりとその目を細めて顔を近づけて、耳元に口を寄せる。
――――いいね、これは、君と私の秘密だよ。
君は今日知ったことは知らないフリをしていなさい。 今まで通りに過ごしていること。
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