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 由也くんと相談し、私は会社を辞めずに続けることにした。辞めてじっとしているよりはライバル社に堂々と勤務していたほうがいい、ライバル社にいても情報を引き出していないのを証明しようと由也くんが提案した。  由也くんと父親は冷戦状態だった。全く口もきかず挨拶すらしない状態、用事があれば会社では秘書経由、自宅なら母親経由で話す。食事も互いに時間をずらして取ったりと母親はため息交じりに料理してるらしい。  夜、私のマンションに来ると自宅には帰らずに朝まで過ごすことも増えた。ちゃんと母親には伝えて来てるんだろう。表情も以前よりは明るくて言葉数も増えて、気持ちが軽くなったのかと思う。きっと私の存在をひた隠しにしていたのが重荷だったと推測した。  勿論ベッドの上でそういう行為もする。由也くんは避妊してくれた。以前ならそれでも不安はあった。けれど私は妊娠に怯えることも無くなった。  私もピルの服用を止めた。顔の浮腫も取れ、ずっと感じていた鈍い頭痛も無くなり、体が嘘のように楽になった。改めて副作用の仕業だったと実感した。足枷を付けて引きずっていた状態から解放されたみたいに軽くなった。  由也くんとの関係は以前とは変わってはいない。父親にカミングアウトしただけで回りに公表もしていないし、本当に結婚出来るかも分からない。それでも気持ちは明るくなった。私はあの偽の結婚をするとき、ホテルの窓から夜明けを見た。それは同じ夜明けでも、突き落とされた地下室から僅かな明かりを見てそれを朝日だと思い込もうと自分に言い聞かせてた。でも今は違う。本当の夜明けを待ちわびる、待つ機会を与えられたのだと感じていた。 .
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