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 キッチンで丁寧に調理する。由也くんの好物ばかりを作った。 「八海山でしょ、鰻でしょ、京都の焙じ茶でしょ、グレープフルーツのサラダでしょ。あと白玉……あ」  そのとき玄関のインターフォンが鳴った。私は駆け寄ってドアの前で一度立ち止まった。一呼吸置いてからドアを開ける。由也くんはケーキ箱を抱えて立っていた。 「お疲れさま」 「綾香さんも。はい、これ」  有名ホテルのロゴマーク入りのケーキ箱。それを受け取り、由也くんを中に通す。あのときはまさかこんな事態になるとは想像もしてなかった、普通にプロポーズされて普通に結婚出来ると思っていた。今振り返れば短絡的で幼かった私。28で幼いという表現も可笑しいけれど。でも今は違う、もし駄目だと言われてもちゃんと受け入れる覚悟がある。これで無理ならキッパリと別れる自信があった。もうすべきことはやり切った感じがする。未来が無くてもそれが私と由也くんの運命だから。 「綾香さん……」 「なあに?」  なんでも無いフリで返事をした。内心、気が気で無い癖に大人のフリをする。 .
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