16人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
そこは暗黒の室内。
ひっそりと灯の点された蝋燭。微かな炎がぼんやりと窓に人影を映し出す。
影はワイングラスを片手にゆっくりと窓へ身を寄せた。
黒くうっすらと見える影…だが、純白のレースがさらりと夜風に靡いた時。重厚なカーテンの傍ら、しなやかなその姿がはっきりと見えた。
豪華な黒衣に身を包んだ妖艶な美女だ。
彼女はそっとグラスを口へと運ぶ。
「…遅いわね」
そう呟かれた声は美しく、赤く彩った口元からは小さな溜め息が漏れた。
冷たく月を見上げ、手にしたグラスを弄ぶ。
そしてもう一度溜め息をついた時、彼女はそっと音もなく闇の中へ溶けこんでいた…。
同じく静寂の真夜中。
その足音は闇夜に高々と響き渡った。
「あー…もう…何だっていきなり…!!」
半ば息を切らし、途切れ途切れに繋いだ言葉は愚痴以外の何物でもない。
若い青年は右手に半透明なビニール袋をぶら下げ、必死に街頭を駆け抜けていた。
チリンチリン…
彼が走る度に聞こえる微かなその音。首元で光るそれは、黒いベロアのリボンにつけられた銀の鈴だった。
「くそー今日は休みなのに…」
めそめそと鼻をすすりながら、青年は白い階段の前で立ち止まった。
大きく息を吸い込み、今度は長くそれを吐き出す。切らした息を整えて、彼はゆっくりと階段に足をかけた。
この後の展開が想像できる…嫌だなぁ…
と内心何度も溜め息をつきながら、階段を登りきった。
「短っ…いつ来てもこの階段短い…本当にいいのかなぁ……こんな民家で」
顔を上げた先に見えるものは、シンプルな茶色の一枚扉。
見下ろした後ろには小さな民家がずらりと立ち並ぶ。
扉の周りを見れば、明るいサーモンピンク色の壁面に、小さな表札。郵便ポストは扉にそのまま設置済み。
そしてすぐ隣りにも全く同じ扉が二つ、連なっている。
どこからどう見ても、『アパート』
少しお洒落な造りにはなっているが、明らかに小さな一人暮らし用アパートだ。
だがこの中に『彼女』はいる。
認めたくはないが此所に…彼が長年仕えてきた『主』が棲んでいるのだ。
「とにかくジャスト30分…!俺頑張った!!」
最初のコメントを投稿しよう!