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俺には弟がいる。
年は一つ違いの、わりかし似つかない兄弟だった。
それは弟が、己とは違い剣技が巧く、利口で丈夫で見栄えも愛想も良く、次いで政略結婚で生まれ落ちた自身よりは愛し合って生まれた弟のが、心底可愛かったのだろう。
しかし長男として、次期皇帝陛下として、やれることは死に物狂いでかじりついた。
自負と自信と自賛を備え付け、いつ何時も誉められることが普通だと認識するように。
父はそんな自分を「浅ましい」と言ったが、別段気にする程でもなかった。
「兄上、」
弟は床に伏せた自分の傍らで、静かに呼ぶ。
無意識にあがる瞼に、満面の笑み。
側近や護衛は口を揃えては「裟芭様はたいそう柚慧様がお好きでいらっしゃる」と言うが誠に勝手だ。
サハは無垢で純粋で純真で。それ故、残忍なのだから。
「兄上、」
上半身を床から離し、弟を見下げる。
「……どういうつもりだ、」
「どうもこうも、見てわかりますよね」
「貴様、」
肩肘をつけたまま、乱反射する刃を睨んだ。
裟芭は寝台に乗り上げ、己に跨る。
真横の刃を抜かれ、微かに烏羽が舞った。
「──兄上に、」
再び振り上がる腕を反射的に避け、足先冷える大理石へ転がる。
弟は月明かりに輝き、まるで一つの絵画のようだ。
微笑んだ口元に、瞼が開く。
「兄上に、皇帝の座をとられる訳にはいかないんですよ」
嗚呼、壊れている。
唐突に思い、軋んだ身体は悲鳴を叫ぶ。
壊れてしまったのだ、彼もまた。
腰をあげる。
裸足のまま、長い廊下を走り扉を越え、外へ。
自由と、希望と、恐怖と。
ただ月だけが、微笑む。
そんな、夜更け。
月-ユエ-
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