0人が本棚に入れています
本棚に追加
三号館にたどり着いた俺は、今さっきまでの焦りが嘘のように冷静になった。
「何期待してんだ俺は‥‥‥」
同じ大学にこの難題を解決出来る奴が居るなんて出来過ぎている。
走ったせいで荒れている心臓を落ち着ける。
「二階、だったよな」
諦めて帰ることはしない。可能性がある限りはどんなに些細な噂でも頼る。
階段を上っていると、急にガキがぐずり始めた。
「ねえ、お兄ちゃん帰ろ。階段しんどいよ」
俺の足にしがみついてくるガキを無視して上に行く。こいつを引き剥がせるなら、階段を上る程度の苦労など厭わない。
二階のどこかは聞いていなかった俺だが、すぐに行くべき場所を発見する。
階段から右手の扉に手書きで、"怪奇現象相談所"と書かれた胡散臭い看板が掛かっていた。
扉をノックすると、扉を隔てて澄んだ綺麗な声が聞こえた。
俺は扉を開けて中へ入った。
部屋の奥に立っていたのは、長い黒髪を腰まで垂らし、口元に僅かに笑みを浮かべた飛びっきりの美人だった。
斎藤が言っていたことを思い出して納得する。
美人は宝石のように輝く、涼しげな瞳をこちらに向けた。
「いらっしゃい。どんな用件かな」
俺は何の反応も示さないことに少し落ち込んだ。こいつにはガキが見えていないようだ。
期待しないとは決めたものの、完全に捨て去ることはできなかったらしい。期待していた分だけ気持ちが落ち込む。
「ああ、自己紹介をしなくてはね。私は神代美咲だ」
神代は笑顔で挨拶するが俺はそんな気分ではない。
だが、そんな俺の気持ちを知らずに神代は一人で話続ける。
「しまった。お茶を入れなくては‥‥‥。気が利かず、すまない」
なんだか纏う雰囲気とは違い、ひどくそそっかしい様子でもてなしてくれるが、俺は此処に長居するつもりはなかった。
「お構いなく。あまり長居するつもりはないんで」
神代は不思議そうにこちらを振り返る。
「私に相談があったのではないのか?」
「ああ、はい、もう大丈夫です」
「そうか。まあお茶くらい飲んでいってくれ。もう淹れてしまったからね」
時間を浪費するつもりはないのだが‥‥‥、仕方ない。水道代が浮くとでも考えるか。
「では、有り難く。自己紹介が遅れました。僕は川崎誠です」
最初のコメントを投稿しよう!