神に愛された男

11/17
前へ
/24ページ
次へ
 三号館にたどり着いた俺は、今さっきまでの焦りが嘘のように冷静になった。 「何期待してんだ俺は‥‥‥」  同じ大学にこの難題を解決出来る奴が居るなんて出来過ぎている。  走ったせいで荒れている心臓を落ち着ける。 「二階、だったよな」  諦めて帰ることはしない。可能性がある限りはどんなに些細な噂でも頼る。  階段を上っていると、急にガキがぐずり始めた。 「ねえ、お兄ちゃん帰ろ。階段しんどいよ」  俺の足にしがみついてくるガキを無視して上に行く。こいつを引き剥がせるなら、階段を上る程度の苦労など厭わない。  二階のどこかは聞いていなかった俺だが、すぐに行くべき場所を発見する。  階段から右手の扉に手書きで、"怪奇現象相談所"と書かれた胡散臭い看板が掛かっていた。  扉をノックすると、扉を隔てて澄んだ綺麗な声が聞こえた。  俺は扉を開けて中へ入った。  部屋の奥に立っていたのは、長い黒髪を腰まで垂らし、口元に僅かに笑みを浮かべた飛びっきりの美人だった。  斎藤が言っていたことを思い出して納得する。  美人は宝石のように輝く、涼しげな瞳をこちらに向けた。 「いらっしゃい。どんな用件かな」  俺は何の反応も示さないことに少し落ち込んだ。こいつにはガキが見えていないようだ。  期待しないとは決めたものの、完全に捨て去ることはできなかったらしい。期待していた分だけ気持ちが落ち込む。 「ああ、自己紹介をしなくてはね。私は神代美咲だ」  神代は笑顔で挨拶するが俺はそんな気分ではない。  だが、そんな俺の気持ちを知らずに神代は一人で話続ける。 「しまった。お茶を入れなくては‥‥‥。気が利かず、すまない」  なんだか纏う雰囲気とは違い、ひどくそそっかしい様子でもてなしてくれるが、俺は此処に長居するつもりはなかった。 「お構いなく。あまり長居するつもりはないんで」  神代は不思議そうにこちらを振り返る。 「私に相談があったのではないのか?」 「ああ、はい、もう大丈夫です」 「そうか。まあお茶くらい飲んでいってくれ。もう淹れてしまったからね」  時間を浪費するつもりはないのだが‥‥‥、仕方ない。水道代が浮くとでも考えるか。 「では、有り難く。自己紹介が遅れました。僕は川崎誠です」
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加