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そう言って、虚木さんは目を閉じ、沈黙した。既に語ることはない、後は貴方が決めることだとでも言わんかのように。
一ノ瀬さんはペンを硬く握り締め、口惜しそうに震えたと思えば、急に力を抜き、さらさらと淀みなく書類にペンを走らせて、朱肉を使って拇印を押した。
「契約成立ですね」
虚木さんはそう言うと、手を二回叩いた。それだけで弥生さんが銀のボードを持って現れ、書類や使った道具を乗せて静かに戻って行った。
「明日、朝一番で貴方のお屋敷に伺います。私たち以外に客を呼ばないように、ただし変に来た人間を拒まないようにお願いします。念の為、警察は呼んでおいて下さい」
「分かった、言うとおりにしよう。くれぐれも、宜しく頼む」
そう言って、一ノ瀬さんは帰った。前金の十万円をポンと置いて。
「さて、藤堂さん」
「はい、なんでしょう」
「調べ物をお願いします」
「いいですけど……何を買ってくればいいんですか?」
それを受け取りながら私が訊くと、虚木さんはクスリと笑って一枚のメモを取り出した。
「一連の被害者の名前と殺害場所、そして“殺された順番”を調べて下さい」
その目は笑っていなかった。
◇◆◇
「調べてきました」
調べた情報をまとめたメモを手渡す。
「お疲れ様です」
虚木さんはいつもの感情の感じられない笑顔で出迎えてくれた。その傍らでは弥生さんがカップにコーヒーを注いでいた。
「コーヒーは如何ですか?」
「私コーヒーダメなんですけど……」
「存じてます」
虚木さんはカップに口をつけ目だけで笑う。
……私、やっぱりこの人苦手だ。
私が深い溜め息を吐いている時も、虚木さんはクスクスと笑っていた。
「それじゃあ、私帰りますね」
荷物をまとめて帰り支度を終えた私は、新聞を読んでいる虚木さんにそう声をかけた。
新聞から目を上げた虚木さんは、手を振りつつ、にこやかに笑いながら言った。
「お疲れ様でした。明日は一ノ瀬さんのお宅に伺うので、午前五時に事務所に来て下さい」
虚木さんはよく笑顔で厳しいことを言う。これも私がこの人のことが苦手な理由の一つだ。
「うひゃぁ…頑張ります…」
どうやら、明日はものすごく早起きをしないといけないようだ。
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