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虚木さんは、躊躇なくインターフォンを押す。
押した瞬間、二台の監視カメラが耳を澄まさねば聞き逃すほど微かなサーボ音と共に動き、こちらを向く。軸に仕込まれたサーボで必要な時はそちらを向く仕様らしい。
インターフォンに付いているカメラを発展させたものだろうか。お金持ちの考えることはよく分からない。
数秒の無音の後、ザリッというようなノイズがインターフォンのスピーカーから走り、初老の男性の声が流れてきた。
『どちら様ですかな』
「早朝に失礼します、虚木透理探偵事務所です。ご主人よりご依頼を承って参りました」
『……迎えを寄越します。その場にて暫しお待ち下さい』
そう言うと、インターフォンの向こうの声は一瞬のノイズを残して消えた。
消えてすぐに、低いうなり声のような音が辺りに響く。
音の方向に目を向けると、頑丈そうな鉄扉がひとりでに開き始めていた。
どうなっているのだと驚愕していた私だが、虚木さんに「壁の裏にモーターが仕込んであるだけですよ」と言われ、空いた隙間からのぞき込むと、門に繋がった太く頑丈そうなチェーンを何か四角い大きな箱が巻き取っていた。
恐らく、箱型の外装は雨風を避けるためのもので、中身に巻き取り用のモーターが入っているのだろう。
門が開くと、奥から一台の黒塗りの高級乗用車が走ってきて、私達の目の前で止まる。
「お待たせ致しました御客様方。既に旦那様から話は伺っております」
乗用車の助手席から現れたのは、加齢からか髪が灰色になった、小さな丸眼鏡を掛けた、黒の燕尾服を纏った初老の男性だった。
私は、この人物が先ほどインターフォンに出た男性と同一人物だと確信した。
それと同時に、私は男性の服装や佇まいに深い感動と、あまりに私の常識から外れた状況に思考停止状態になっていた。
これは、所謂執事という奴だろうか。このような富豪の豪邸にはやはりいるのか、まるで漫画や小説の世界だ、私には一生関わりのない世界だと思ってた。いやあやっぱりお金持ちってすごいなぁ。
私がポカンと思考停止しているのに気が付いた虚木さんが私の脇を肘で小突く。
執事はそれに気付いたようだが、それを見咎めることも、笑って会話のきっかけにすることもなかった。
完全な他者への無関心、無感動。私は、これが忠実な執事、敬虔な従僕というものなのかと、私はさらに感心と驚きの入り混じった感情を抱いた。
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