第六章・濡れ女

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「いや、アンタ本当に何があったんだっ!?」 俺はこの人の肩を掴み、ゆさゆさとと揺らしながら言った。 揺らしたから水がかかってきているが今は関係無い。 悲しみを無くす方法が、死ぬ事です、なんて何事だよ。 「い、いえ、だ、だって、死んだら、何も、考え、なくて、い、いい、じゃないですか…」 「アンタはここで自殺に失敗したのか!?だからそんなに濡れているんだろっ?なぁ!」 女性を揺らしながら橋の下を見る。 ここの川は結構深く、見た目は緩やかだけど流れは速い。 周りには何も無く、時間帯的に今は人通りがまったくない。 …だからか。【注意。自殺多し】の看板があるのは。 「あ、あの、揺らす、のを、やめて、ください…」 「あ、ごめん」 手を離すと、女性はヘタリと座り込んでしまった。 「激しすぎて、足腰がガクガクします…」 「やり過ぎたな。ごめん」 「水も飛んでしまって辺りがびしょびしょです…」 「俺もな」 「あんなに飛ばしたのに、私はまだ濡れてます…」 …意図せずに、何故か卑猥な現場を想像してしまう会話だな。 「やっぱり、悲しみは続いているのですね…」 そう言ってずぶ濡れの女性は立ち上がり、フラフラと歩き出した。 「私、もう逝きますね…」 「気のせいか、『行きます』が『逝きます』になってないか?」 「では、さようなら…」 「おい!」 そのまま行かすと危ないと思った俺は、ずぶ濡れの女性を追いかけて橋を走った。 だが、急に濃い霧が出てきた。 前も後ろも見えない。周囲が真っ白になった。 追いかけていたずぶ濡れの女性の姿も見えない。 「なんで、急に霧なんか――っ!?」 と、橋を渡りきった瞬間、霧が無くなり周りがよく見えるようになった。 不思議に思った俺は、今走り抜けた橋を見るため振り返る。 霧はどこにも無い。 「…なんだったんだ?ってあの人は?」 キョロキョロと首を動かしてずぶ濡れの女性を探してみたが…居ない。 「あの人、大丈夫だろうか…?」 何も無い静かさ。聞こえるのは川のせせらぎのみ。 夕暮れに照らされ、朱くなった川は自然と切ない気持ちにさせてくれる。 ただ、今は切ない気持ちより、心配な気持ちだ。 もし、あの人とまた会えたら、ちゃんと人生相談してあげよう、と思った俺であった。  
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