ー一日目ー

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「じゃ、明日学校に挨拶に行きなさい」 「…………」 ママは? なんて言いたくもなかった。 どうせ俺をおばあちゃんに押し付けたらさっさと賑やかな都会に帰って行くんだろう。 携帯を取り出して唖然とした。 「ママ、携帯が」 「ここでは使えないから解約したわよ」 「何それっ!」 「あっても仕方ないでしょ」 「……………」 使えない携帯を握り締めて、微かに震えながら泣いた。 これは怒りの感情。 悲しいなんてもうとっくに通り越してしまった。 「着いたわよ、ちゃんと挨拶しなさいね?ママが恥をかかないように」 ふざけんな…… 授業参観にも運動会にも個人懇談にも来ないような母親がよく言う。 車からトランクを取り出し、門を開けて屋敷内に入ると、やはり緑しかない景色の中、木々が風に揺れていた。 手入れの行き届いた庭、高そうな鯉が泳ぐ池。 子供の頃に一度だけ連れてきてもらっただけだから、思い出なんてなにもない。 覚えているのは、その時も親が喧嘩して無言で母親の車に乗せられた記憶しかない。 おばあちゃんの顔すら覚えていない。 でも、確か大きな犬が居たような気がする。 そんな事を考えていたら、どこかで犬の鳴き声がした。 「あのばか犬、まだ生きてたのね」 馬鹿はお前だ。 「どこにいるの?」 「さぁ、犬なんてどうでもいいわよ」 よく言う…… 自分は犬に金をかけて連れ歩いていたくせに。 でも、その犬もストレスで早死にしたけどね。 「いつ来ても辛気臭い所ね」 その辛気臭い所に俺を置き去りにするのは誰だよ? ホント、矛盾している。 何もかも矛盾だらけだ。 全てが嫌になる。 だけど俺には逆らう事すら出来ない。 携帯があれば耐えられると思っていたのに、それすらも奪われた。 もう、どうでもいいや…… 何も求めなければ、これ以上悲しむ事もない。 心を閉ざせば何も見なくてもいい。 卒業するまでの我慢だ。 みんな、それまで俺の事を覚えていてくれるよね?
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