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一瞬、口を開くのを躊躇ったが私は直ぐに言葉を吐いた。
「先日、妻が亡くなってね」
あっ、というマウスの表情。私は気にしないでくれと笑いながら言うと再び語り出した。
5歳年下の妻、冬子と籍を入れたのは私が32の頃。
昔から病弱だった冬子は私には勿体無いくらいの良くできた妻で、私が仕事で家を空けることがあっても決して家事を怠ることはなかった。
貧しいながらも充実した日々。朝起きて床から出れば彼女が朝飯を並べておはようございますと一言。彼女が子供を産めない身体だと解っても、とても幸せであった。
しかし今年の春。私達に重い現実がのしかかる。
癌。
煙草も、酒も飲まない冬子が何故? どうして?
私は深く悲しみ、涙を流した。
貯金と年金だけが生活の糧だったというのに、高い治療費など払える筈がない。私には漠然とした死に神の姿をただ親指をくわえて見ている事しかできなかった。
そんな私を察してか妻は穏やかに微笑み、弱々しい声で呟いた。
「帰りましょう。あなた」
冬子は……本当に出来過ぎた妻だった。
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