そこには、何もなかった

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 カバンをおろし、ベッドに倒れるように横たわると彼は、  『いよいよ俺も狂っちまったか…』  と、小さな、とても小さな声で呟いた。  不敵な笑みを浮かべながら…  学校での鬱積した毎日、陰鬱な日々…、自分に向かう白い目。彼にとって学校というのは、いや社会というのは、群をなし、他人の悪口をなんとも思わず、平気な顔で死ねと言い、今、目の前にいる冴えない人物にその汚らしさを頭に刷り込ませ、やがてその人物をコミュニティから除外しようとする、陰湿さに長けたものどもの巣窟に見えた。そして冴えない人物である少年は、自分に潜む大いなるプライド、自尊心、強烈な自己愛を、弱気なもうひとりの自分に必死に抑え込ませていた。  やがて真っ直ぐな憎しみは、弱さの殻という道具を手に入れ、傾き次第でどこにでも転がる術を得た。  夕飯前、母はスーパーに買い物に行っている、父は仕事、家には少年しかいない…。  少年はまたニヤリと笑った。その巨大な憎しみの玉を、あろうことか愛する者を対象に転がしていたのだ…。  愛情ゆえの些細な言葉のあやを、その内に秘めた甚大なる自尊心によって、歪んだ形として受け止められ、彼の都合のいい憎しみの天秤は、クラスの悪魔たちよりも愛されてきた家族に傾けられていた。
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