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四、逃走
「戻ろうか…」
どちらともなくそう言った。何か、見てはいけない秘密を見てしまったかのように、ひどい後悔の念に襲われる。
俺たちは来た道を戻るため、振り返ろうとした。
オオオォォォ
低い、低い声。聞くだけで全身の毛が逆立つ声。小さな体は一瞬にして凍り付いた。
地鳴りと共に鬼の像ががたがたと震えだし、やがて像全体が黒いもやに包まれた。もやは、渦巻いたり広がったり縮んだりしながら、徐々に濃くなっていく。
俺たちは動けなかった。呼吸をするのもためらわれた。少しでも動けば、あのもやに吸い込まれる気がした。
これは鬼だ。
もやはぼんやりと人の姿に変わっているだけで、はっきりと鬼の姿をしているわけではない。だが、俺の小さな頭は、目の前のヤツを鬼だと確信していた。
オオオオォォォ
鬼が再び吠えた。
まるで、久々の獲物に喜ぶかのように。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
一気に反転すると、全速力で駆け出した。
枝や草が腕や顔を傷つけたが、俺は止まらなかった。
片方スニーカーが脱げてしまったが、俺は止まらなかった。
たかちゃんが俺を呼ぶ声が遠く離れていったが、俺は止まらなかった。
そのまま、たかちゃんは戻ってこなかった。
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