【0-1】ある日の悲劇

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 ダークグレーの空、槍のように体に突き刺さる黒い雨。 「お兄ちゃんッ!」  荒波に小さな体を揉まれながらも、必死に手を伸ばす少女。ショートカットの髪は、暴風に揺れている。その顔立ちは幼さを覗かせているものであった。 「久美(くみ)! 俺に掴まれ!」  白銀俊也(しろがねしゅんや)は右手を伸ばした。自分の妹である久美の手を掴むために。  しかしなかなか右手は、久美の手に届かない。  もっと身を乗り出したかったが、これ以上身を乗り出すと、左手で掴んでいる薄い鉄板はひっくり返ってしまうだろう。  畜生!  俊也は心の奥底から、その言葉を吐き出した。  久美の手には届かない。指先が、もう少し長ければ触れることはできただろう。あと少し。  あと少しだった。  諦めるのか?  俊也は自身の胸に問うた。  俊也と久美は、今まで大人たちにさんざん騙されてきた。
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