恋文

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世界が滅ぶ寸前に、世界最後の一枚の紙と、世界最後の一本のボールペンを手にしたとしたら、あなたはそこになにを書くだろう。 いまある世界が滅んでしまって、人が誰一人いなくなってしまって、また10億年後とかに新たな知性をもった生物が、その紙に書かれた、あなたの言葉たちを解読しにかかる。 その時の言葉たちは、こんな風だといいな………… 拝啓、あらたな命へ いまぼくのいる世界はどうやら終息にむかっています。 人間という生き物がいて、社会や文明というものを築き、副産物として、戦争というものや、武器というものを生みました。 戦争が社会を壊し、武器が文明を傷つけ、人間は死んでいきました。 ぼくはここであなたたち新しい命にメッセージを書きつけているんだけれど、これは「手紙」という伝達の手段です。紙と呼ばれるものに、ペンという道具で記しています。 この「手紙」から拾えるのは文字の羅列だけ。 でもぼくは記しておきたいのです。 もうじき死んでいく世界にも 風は吹き、花が咲き、海が光り。 パンが焼きあがったときの、母親の胸の、お布団の、カレーの、お日さまのやわらかな匂いたち。 音楽。声。 さまざまな音色や音階の風があなたの心をやわらかく、時に激しく、切なく、撫でる。 こんなひょろひょろとした文字たちの隙間に、あなたたちには想像もつかないほどたくさんの素敵なものが、確かに、あったということを。 ああ、そして、ぼくたち人間には、愛が。 だれかをぎゅっと抱きしめたい気持ち、大切にしたい気持ち、あったかくて涙がでるような、切なくて胸が刻まれるような、そんな気持ち。 いまは…もうないかも知れないけれど、確かに、確かに愛はあったんです。 新しい命へ。 なにかを愛していますか? なにかに愛されていますか? ぼくにはもう遅すぎるようだけれど…せめて、祈りたいと思う。 死んでゆく世界から。 あたらしく愛が響く世界が、 春の原っぱの真ん中で、 大きく大きく伸びをして、 飛ぶ鳥と雲を眺めるような、 そんな世界でありますように。          with love
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