玉子焼き

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 母が亡くなったのは、私が中学に入学してすぐの事だ。  買い物の帰りに歩道で突然、うずくまった母は救急車で病院に搬送された。  私と父がすぐに病院に駆けつけると、母はもう息を引き取ってしまっていた。  心臓発作──  我が家の狭い台所から、あの甘く心地好い玉子焼きの匂いが消え  代わりに微かに線香の匂いが漂う。  突然、母が居なくなってしまった何とも表現できない様な喪失感──  ひどく現実味がなく感情が追いついてこない。  ただただ私の心の中に、ポッカリと大きな穴が口を開け  轟々と強い風が、その穴を抉り吹き荒ぶ。  母が亡くなってからと言うもの父は一切、母の話をしなくなった  そのかわり何とか私を元気づけようとしてか、今まで言った事もない下手な冗談を盛んに飛ばしてくる。  そんな無口な父の微妙な変化が痛々しい。  母の死後、私は家事をやらなければならなくなった。  父との二人暮らし。  洗濯や食事の用意や後片付けは、私がやるしかない。  高校入試を目前に控える頃になって、私は漸く一通りの家事をこなせる様になっていた。  父は、そんな私をくどい程、誉めてくれる。  私は、母がいた頃の暮らしに少しでも近づけようと狭い台所に、あの玉子焼きの匂いを漂わせようとした。  しかしいくらやっても駄目なのだ。  何度、玉子を焼いても台所にあの甘く心地好い匂いが漂う事はなかった。  私は酷く落ち込んだ。 ・
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