玉子焼き

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 もう一つ、私の気持ちを暗くさせた事がある。  食事を終えて後片付けをしようとするとその事実に気がつく。  父が大好物だった筈の玉子焼きを食べ残しているのだ。  小皿の上にちょこんと残った潤いのない薄黄色の欠片。  父が箸をつけた痕跡はある。  しかしその箸は、食事の途中から薄黄色の欠片を素通りしていく  小皿の上で微かに揺れるその欠片を見ると私の心は毎日、暗い穴蔵に落ち込んでいくのだ。  それでも私は毎日、玉子を焼き続けた。  突然、食卓から玉子焼きが消えてしまったら父は、どう思うだろうか?  きっと自分が玉子焼きを残していた事で私が傷ついていたと悟り  過剰な気を使ってくるに違いない。  私を守るためだけに懸命に、母の死への悲しみを表に出す事なく  黙々と働き続ける父。  そんな父に私の事で気を使わせたくない。  私の高校入試が近づくと父は、母の仏壇の前で毎朝、手を合わせる様になった。  入試前だけではない。  私が少し風邪を引いただけでも父は、母の仏壇の前に座って手を合わせる。  ―どうやら亡くなった母は、父の中で“神様”の様な存在になった様だった。 ・
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