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私は主治医に無理を言い、病院の厨房を借りて想いを篭めてあの・・・
あの父が余り口にはしてくれなかった卵焼きを一生懸命に焼いた。
「はい、父さん、玉子焼き出来たよ」
差し出された卵焼きを父は寡黙に眺めている。
果たして自分が言い出したことをまだ覚えているのだろうか?
それ以前に差し出されたそれが卵焼きであるのかどうなのかと云う認識すらないのではなかろうか?
私は不安を胸に秘めたまま卵焼きを父の口元に運んだ。
恐らくは嚥下することは不可能だろう。
しかし、飲み込む事が出来ずともせめて風味だけでも・・・
そう思った刹那だった・・・
驚いたことに父は私が口に運んだ卵焼きを頬張り、
なんとそれをムシャムシャと旨そうに咀嚼し始めたではないか!
そして父は難なくそれを飲み込み、満面の笑顔で私にこう言った。
「母さんの味だ、お前、卵焼き上手くなったな、いい母親になった証拠だ」
それが父との最後の会話になった
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