1.救いの手を彼女に

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俺、篠主野 志乃は放心状態に陥っている。 例によって、後者のほうの放心である。 本日二度目の放心状態。その原因は何を隠そう目の前にいる母である。 母はせっせと旅行用のトランクに荷物を詰めている。 「・・・つまり母上。あなたも何処かへ行ってしまわれるのか。」 「本当に申し訳ないと思うの。まさかお父さんが山篭りにいくなんて・・・。全くの想定外だわ。」 「それに関しては俺も予想外。」 今のこの状況もだが。 「しばらく一人にしちゃうのは、正直不安で仕方ないのだけれど・・・。 志乃ももう大きいし、大丈夫よね?」 「その台詞を、普段家事をしている俺に吐くとは――」 杞憂にもほどがある。と、俺は大きくため息をついた。 父親は早く逝ってしまい、俺は母の手一つで育てられてきた。 中学になると俺達は母の実家へ引越し、母は仕事に就き始め、夜遅くまで働く母の代わりに俺は殆どの家事を一人でこなしてきたのだ。いまさら家の事で心配されるのも色々困る。 母はそんな俺を見て、よかったと安心そうに微笑んだ。 「・・・で?結局どこに行くんだ?」 「一年ほど、海の向こう側へ。」 訪れる一瞬の静寂。 「・・・瀬戸内?」 「太平。」 そして幾分の沈黙。 「・・・ロス?」 「ヨークヨーク。」 「そうか、ヨークか・・・。」 飛行機で約13時間の、海の向こうの国。母はそこへ赴くというのか。 「ごめんね・・・。本当は一週間前にはすでに決まってて、志乃に話さないと思っていたのだけれど・・・。ごめん、忘れちゃってた。」 「・・・。」 なんかすごいな母上。そんな大事な事を忘れる事が出来るなんて、怒り通り過ぎて逆に感心ものだぜ。 そんな俺をよそに母は荷造りを終え、トランクケースをガチャリと閉じた。 そして流れるような動作で俺をすり抜け、玄関まで移動。 仕事で行くので止めれるわけが無いかとまだ納得はいっていないのだが、仕方なくトボトボとそれを追う。 「それじゃ、しばらく会えないけど家の事は任せたわね。」 「・・・はぁ、分かったよ。」 「オールーの世話もしっかりするのよ。」 「あいよ・・・。」 「それじゃ息子よ、また一年後に・・・。」 こうして母もあっけなく旅立っていった。
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