94人が本棚に入れています
本棚に追加
飯野は矢城を帰らせたものの、すぐにしゃがみ込み、歩ける状態ではなかった。
新橋で良く見かけるオヤジさんよりひどいわ。時々寝てるし。
困ったなあ~。飯野さん家知らないしな~。
ナオは仕方なく、飯野の上着を探り始める。
あった。財布の中の免許証を見つけ、住所を確認する。
「えっ! 緑区?」
ここからだと、40分はかかるだろう。
参ったな。
飯野は店の前でいびきをし始めた。
このままタクシーに乗せたら、運転手さんに迷惑がかかる。
ナオが、しばらくの間飯野のいびきを聞きながら迷っていると、1台のタクシーが止まり、運転手さんが降りて来た。
「あの~、先ほど、お連れの方を家まで送って行ったのですが、その男性から頼まれ事をされましてですね~」
矢城くんに?
「は……あ。彼はなんて?」
「それが……。おふたりがまだ店の前にいて、女性が困っているようなら、自分の家に連れて来て構わないから、と伝えて欲しいと……」
「矢城くんが……。そんな事を……」
運転手さんは小さなメモを渡してくれた。
そこには、アパートと思われる部屋番号と、携帯電話の番号が記されていた。
ナオは少し考えたが、ここは矢城の言葉に甘える事にした。
「運転手さん! 往復させて申し訳ないですが、彼の家までお願い出来ますか?」
「もちろんです。じゃ、この方を乗せましょうかね!」
「す、すみません……。お願いします」
タクシーはふたりを乗せ走り出した。
飯野はナオの腿に頭を乗せ、気持ち良さそうに寝ている。
「まったく……。あたしと勝負なんかするからよ。勝てるわけないじゃんか。……ふっ、でも飯野さん……、かわいい……」
ナオは飯野の頭から頬にかけて手を当て、そっと撫でた。
「う、う……ん、きょうこぉ……」
飯野が寝言を言ってる。‘きょうこ’って、奥さんかな? 寝言で呼ばれるなんて、幸せな奥さんだな。飯野さん、なんだかんだ言っても、愛してるんじゃん! ナオはそんな飯野を見て、自分も睡魔が襲って来た。
「…………さん! お客さん! 着きましたよ!」
ナオは運転手さんに呼ばれてハッとした。
「す、すみません! ついウトウトしてしまって。有り難うございました」
ナオは支払いを済ませ、飯野を降ろすと、矢城のアパートの前まで来た。
インターホンを押す。反応がない。もう1度押す。出て来ない。
最初のコメントを投稿しよう!