秘密

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 飯野は矢城を帰らせたものの、すぐにしゃがみ込み、歩ける状態ではなかった。  新橋で良く見かけるオヤジさんよりひどいわ。時々寝てるし。  困ったなあ~。飯野さん家知らないしな~。  ナオは仕方なく、飯野の上着を探り始める。  あった。財布の中の免許証を見つけ、住所を確認する。 「えっ! 緑区?」  ここからだと、40分はかかるだろう。  参ったな。  飯野は店の前でいびきをし始めた。  このままタクシーに乗せたら、運転手さんに迷惑がかかる。  ナオが、しばらくの間飯野のいびきを聞きながら迷っていると、1台のタクシーが止まり、運転手さんが降りて来た。 「あの~、先ほど、お連れの方を家まで送って行ったのですが、その男性から頼まれ事をされましてですね~」  矢城くんに? 「は……あ。彼はなんて?」 「それが……。おふたりがまだ店の前にいて、女性が困っているようなら、自分の家に連れて来て構わないから、と伝えて欲しいと……」 「矢城くんが……。そんな事を……」  運転手さんは小さなメモを渡してくれた。  そこには、アパートと思われる部屋番号と、携帯電話の番号が記されていた。  ナオは少し考えたが、ここは矢城の言葉に甘える事にした。 「運転手さん! 往復させて申し訳ないですが、彼の家までお願い出来ますか?」 「もちろんです。じゃ、この方を乗せましょうかね!」 「す、すみません……。お願いします」  タクシーはふたりを乗せ走り出した。  飯野はナオの腿に頭を乗せ、気持ち良さそうに寝ている。 「まったく……。あたしと勝負なんかするからよ。勝てるわけないじゃんか。……ふっ、でも飯野さん……、かわいい……」  ナオは飯野の頭から頬にかけて手を当て、そっと撫でた。 「う、う……ん、きょうこぉ……」  飯野が寝言を言ってる。‘きょうこ’って、奥さんかな? 寝言で呼ばれるなんて、幸せな奥さんだな。飯野さん、なんだかんだ言っても、愛してるんじゃん! ナオはそんな飯野を見て、自分も睡魔が襲って来た。 「…………さん! お客さん! 着きましたよ!」  ナオは運転手さんに呼ばれてハッとした。 「す、すみません! ついウトウトしてしまって。有り難うございました」  ナオは支払いを済ませ、飯野を降ろすと、矢城のアパートの前まで来た。  インターホンを押す。反応がない。もう1度押す。出て来ない。
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