第一章

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第一章

彼は、どこにでもある小さな村で産まれた。雷鳴轟く、篠突く雨の夜に。 元気な産声が、民家の中に木霊する。 産婆は胸に抱く布を、母親となったばかりの女性に見せてあげた。 夫を失い、一人で大きなお腹を気遣って生きてきた彼女は、はじめましての息子を見つめる。 蝋燭の灯りだけが頼りの薄暗い部屋の中、このクシャクシャな顔は、今自分が産んだ子供だと実感して微笑み、涙を流す。 そして…眼を閉じる。 母親は病弱な体の持ち主だった。だから彼の元気な姿を確認して直ぐに、その命の灯を静かに消し去った。 産婆は慌てて家を飛び出した。 この村に医者はいないので、医者を目指す近所の知り合いの家へ向かった。 呼んだ所で、僅かな知識しか持たない者が駆けつけても、なんの希望も無い。 それでも、産婆にはそうする事しか出来なかった。 ――泣き続ける赤子。 事切れた母親の横顔の隣で、外の世界の空気で、呼吸の為にその行為を続ける。 それとも、母親の死を感じ取った為か、その行為を続ける。 後にジークフリートと名付けられる赤子は、そんな生誕を迎えた。 自分がこれから何をしていくのか、彼にはまだ知る由もない――。
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