0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
――とある町中。レンガ造りの建物が並ぶその町には、何故か人の姿が無かった。
時刻はまだ昼時。普段から賑わう筈の市場は客どころか、商人の姿さえも無い。
まるで住人が全員消えてしまった様な町。でもそれは仕方の無い事だった。
何故なら、住人の殆どは町から逃げ出してしまい、逃げ遅れた者は建物の中で身を隠していたからだ。
その時――突然に、大気を劈く咆哮が木霊する。強者の存在を認識させる、単純な獣としての哮り声。
その振動に建物は小刻みに震え、塵がぱらぱらと身を竦める住人に降り積もる。
“竜”。
この世に点在する、地上の生き物の中で至高の存在。
遥か昔より大地と大空を闊歩していた、最初に生誕せし最古の生き物。
彼らは爬虫類の祖であるが故に、その顔つきはやはりトカゲの其れ。
短い双角が生えている以外に違う点は、その眼光が冷たくて恐くて、何もかもを超越していると云う事。
睨まれて心臓を止めた生き物の話など、さして珍しいものではない。
体躯は人型。はちきれんばかりの屈強な筋肉は、鱗に覆われていようと浮き彫りになって膨らんでいる。
大人の胴体を握れるほど巨大な手。指には槍の様に鋭い爪がギラギラと生え揃う。
そして竜と形容するに相応しい――空を飛び回る為の翼。
広げた大きさが持ち主を易々と超えるそれは、天空の覇者を名乗るに値する。
…そんな存在が今、この町を襲っていたのだ。
ただ腹が減った。ただ暴れたかった。ただ気に入らなかった。そんな理由で、竜は人々の暮らしを破壊していく。
自分達はこの世界を統べる種族と、勝手に認識している彼らは、自分達の行動には何も間違いは無いと思っている。
だがそれも仕方が無い。
竜の存在は確かに生物の世界の中で頂上に位置する、故に、彼らにとって全ての生き物が弱者なのだ。
だから我が物顔で町を破壊する。目に付いたから何となしに破壊する。
それが彼らの日常、彼らの存在。
――それが気に入らない、青年が、一人――。
最初のコメントを投稿しよう!