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夕暮れの紅い空。
その空へと黒煙がもうもうと立ち昇る。
燃え盛る車。騒然と騒いでいる群衆。そして、何よりも鼻をつんと突き刺す血の匂い。
その全てが羽虫のようにわんわん頭の中を飛びかわって煩わしい。
耳を塞いで、目を閉じて、全てを消してしまいたい気分になりながら、それでも柏崎夢斗は結局はなにもしなかった。いや、できないでいた。
その手足は変な方向へ曲がり、痛さを通り越してもはやただ痺れと熱さだけが全身を包んでいる。
額もどこかにぶつけたのか血がだらだらと流れていて、絶え間ない鈍痛が響いていた。
そうなった元凶はおそらくそこで燃えている車だろう。
おそらく、というのは夢斗にはその瞬間の記憶がないからだ。頭を打ったせいなのだとは思うのだが、ここ数分の記憶があいまいではっきりとは思い出せない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
このままでは自分は死ぬ、ということだ。
辺りを取り囲んでいる野次馬は、スマホで現場を撮る奴はいても、その携帯の本来の機能を使おうとしている奴はいない。仮に話していたとしてもそれは家族や友人相手で警察や消防に掛けている様子ではない。
おそらく誰も彼も自分ではない他の誰かが電話を掛けるのだと思っているのだろう。
自分もそちらの立場に立てばそう思うのだろうが、それでも見ている奴らに対する苛立ちを感じずにはいられない。
ようはみんな他人事なのだ。
目の前で起こっても、一歩間違えればそれが自分だったかもしれないとしても、実際起こったそれに自分や自分に近い人が関わっていなければそれは全部他人事になってしまう。
やる事と言えば一歩引いたところから眉をひそめて対岸の火事を見る。ただそれだけ。
救急車は……まだこない。
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