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カツリ──。
ふいに靴がアスファルトを叩く音が聞こえた。
それと同時にあれだけ煩く聞こえていた野次馬のざわめきが遠のいていく。
自然と視線がそちらの方へと惹き寄せられる。
そこにいたのは全身黒ずくめの男だった。
ぴったりとした黒のレザーパンツに、同じく黒のロングコートを羽織っている。コートにはフードが付いており、それを深く被っているせいで顔は分からない。
その男は野次馬の群れから抜け、夢斗とほんの目と鼻の先ほどの位置で夢斗を見下ろすようにして立っていた。
いつからそいつがそこにいたのか疑問に思わないでもなかったが、その疑問を抱く前に夢斗は男の持っている独特の雰囲気に呑まれていた。
男は目の前に惨状と言ってもよい光景が広がっているにも関わらず、不安も驚きも同情も、何の感情も抱いている風ではなかった。
ただの風景でも眺めるような自然体で、だからこそ事故現場という場所では異常だった。
しかし、それにも関わらずその場において男は異物ではなかった。
むしろ男の放つ異様な気配がその異常さと相まって、まるで舞台のワンシーンのような雰囲気を醸し出していた。
そう。この場は男の放つ気配と非常に合っていた。
男の放つ、濃密なまでの『死』の気配に。
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