バー"宵の明星"

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 昨日、こんな男を見た。  午前零時を少し過ぎた時、俺はなんとなく一人でのんびりと飲みたい気分だった。  なので、別段深い理由もなくそのバーに立ち寄った。ちょうど給料日直後だった、ということもある。  カランコロンと、チョコレート色のドアに取り付けられたベルが、涼やかかつ鮮やかに客が来店したことを知らせた。  さほど広くもない店内には、ちょうどカタカナの"コ"の字ような形をしたカウンターと二人掛けにちょうどいいテーブル席が三つ設置されていた。俺のほかには、その男が一人カウンターに、ちょうど"コ"の字の右上部分に座っているだけだった。  男もまだ店内に入ったばかりらしく、コートを脱いでいる途中だった。彼が足元に高級そうな白い革の鞄を置く際にちらりと見えた横顔から察するに、二十代後半くらいの年齢だろうと想像する。  ベルの音で俺に気付いたマスターはカウンターの中から、 「どうぞ、お好きな席に」  とダンディーな声で俺に言った。
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