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――雨。
久々だ。
シトシトという静かな雨じゃなく、バケツをひっくり返したような豪雨。
あの日と同じような土砂降り。あの日と同じような泣き声。
何か……、思い出したくない何かを思い出してしまいそうな雨。
髪は濡れ、
服も濡れ、
だが不思議と雨を避ける気にはなれなかった。この雨が俺を、俺に付いたこの汚れた血を、拭い去ってくれるような気がしたから。
この汚れきった右手を。
このしょうもない人生を。
アメリカ・ニューヨークシティのとある細い路地裏。そこを抜けると、大きな広場だった。
泣き声を上げている〈そいつ〉は屋根が付いた商店の下で震えていた。
「お前、そんな所で何してんだ」
俺は〈そいつ〉に話し掛けてみる。
何してんだ?
雨宿りか?
それとも……。
だが答えない。答えるわけがない。そんな事は分かっている。雨音にも負けない位の大声で泣いている赤ん坊が、急に喋り出したら、それこそ恐ろしくて眠れやしない。
〈そいつ〉は、ベビーチェアーの中にうずくまって、踏み潰したら簡単に消え失せてしまいそうな、そんな弱々しさを全面に押し出している。
「お前、捨てられたのか?」
答えない。
だが、泣き止んだ。
それが答えだ。
俺はそう思った。
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