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「渡邊 郁(ワタナベ イク)先生。…急な話で申し訳ありませんが、生徒会顧問、受けてくださいますね?」
「ボクにできることなんて少ないよ?」
「かつて生徒会長を勤められていた貴方がご謙遜を…。有名ですよ、一年にして生徒会長を務めた方は、歴代で貴方だけですから」
「それはボク以外にやりたがる人がいなかったからなんだけど…ね」
肩を竦めた渡邊先生は、それでも穏やかに微笑んでいて。不満がないことは見て分かった。
その証拠に、渡邊先生の隣に並ぶアキラも、穏やかな表情のままその場に佇んでいる。
「今まで私は様々なことから逃げ続けてきた…。その点に関しては、失礼ながら、貴方とも共通点があると思っています。臆病者同士、私に力を貸していただけませんか」
「…自分を臆病者と認める勇気があるだけで、すごいことだよ。昔のボクはそれを認めることからすらも逃げた」
年齢に見合った、経験を重ねた瞳は、幾度も味わった絶望と幸福がない交ぜになった深い色を思い出すように細める。
自嘲すらも包み込むような微笑みには、年輪が与えた思慮深さを感じさせた。
それはこの学園のOBの誰もが持ちえるもので、しかしほとんどの者が自覚しないままに埋めてしまうもの。
逃げることばかり続けてきた彼が、逃げることすら赦されずに無理矢理受け入れさせられた過去は、どれほど壮絶なものだったのだろうか。
「それまでの関係を壊して立ち上がることに、どれほどの勇気がいるのか知っているよ…。僕も、かつて経験したことだ。だからこそ、受け入れることを選んだ君を、心から応援したいと思う。生徒会長経験者として、年長者として、君のサポートができるのなら、よろこんで力になるよ」
「心強いです。…これから、よろしくお願いします」
柔らかい表情とは裏腹に、力強い握手が交わされる。
かつてこの学園を率いていた人間と、これから新たな学園を構築しようとしている人間が手を組む。
次代に希望が持てそうな光景に、引退を控えた生徒会役員の3年生は、安堵したようにその光景を見守る。
じわりと胸に浮かんだ少量の寂しさを、隠すように。
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