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目が覚めた。
目の前からあのヒトが消えていて、代わりに気を失う前には無かった頭部の痛みがあった。
ゆっくり起き上がって周りを見回すと、背後にあるピアノの足の部分と、ワタシが倒れていたカーペットには乾いた血が付いていた。
後頭部の傷は血が固まって塞がったらしく、痛みはあってもそれ以上血を流すことはなかった。
そこでやっと働かせた脳に浮かんだ言葉は、自業自得という、至ってシンプルで、自虐的な感想だった。
ふらつく足取りで階段を降りて、シャワーを浴びた。
出血の割には傷は浅かった様で、髪や肌に付いた血を出来るだけ傷に触れないように洗い落としても、熱で傷が開くということはなかった。
風呂桶を洗って、湯船に湯を溜めて、自分は浸からずに蓋をして浴室を出た。血の付いた服を洗おうとして、止めた。
元は白かったシャツは滴るような血の跡が、乾いて変色して黒くなっていた。漂白剤に漬けてもきっと落ちないだろう。
服を不透明のコンビニ袋に入れて、それを持ったまま階段を上がった。
先程までいた客間のカーペットを替えて、ピアノを拭かないといけない。
出来るだけ古い雑巾を台所から探し出して水で濡らし、ごみ袋と鋏を持って客間に戻るとあのヒトがいた。
既にカーペットは新しいものに替わっていて、ピアノの足もピカピカになっている。
あのヒトが気付いて、ワタシを見て、口を開いた。
「頭の怪我は。」
そうしようと務めたのか、無表情に。無感情に。淡々とした声だった。
「ダイジョウブ。」
私がそう答えると、あのヒトは息を吐いて、私の横を歩いて通りすぎた。
「お母さん。」
私が聞こえるように言った一言に足を止めることなく、お母さんは静かに家を出ていった。
家中に虚しく響くのは、玄関の鍵をかける冷たい鉄の音。
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