イチ

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暫く客間の入り口で何をするでも考えるでもなくボーッとしていたら、玄関の鍵が開く音がした。 ハッとして玄関に向かうと、保育園から帰宅してきた妹が入ってきた。 「おかあさんは?」 大きな目で私に問いかけてきて、小首を傾げながら聞いてきたその言葉に「お店の手伝いに行ったよ」と返すと、妹は短く「そっか」と返してきて台所に向かった。 冷蔵庫を開ける音が聞こえる。少しの間を置いて、閉める音がすると、ワタシも台所に移動した。 2才下のまだ小さい妹が、一生懸命食器棚に手を伸ばしている。 食器棚にすら明らかに届いていないのに、妹が背伸びを止める気配はない。 「ひろみちゃん、スプーン、とって。」 ワタシに気付いた妹が、泣きそうな怒った目でワタシを睨みながらそう言った。 それにワタシは、台所の隅にある少し重い椅子を食器棚の前に持ってきて、扉を開けた。 少し背伸びをして手を伸ばし、やっと届いたスプーンを取って渡すと、妹は「ありがとう」と笑ってくれた。 スプーンを持つもう片方の手にはプリンがある。 それをワタシが見ていると、妹はワタシの視線に気が付いたのか、口を開こうとした。 「ワタシは食べたから、いらないよ。なっちゃん。」 本当は食べてない。 昨晩はお父さんに怒られて、昼過ぎまで押し入れの中に閉じ込められていた。 そこからこっそり抜け出して、あまりの空腹に冷蔵庫を漁って、今まさに妹が食べようとしているプリンを見つけたところを、買い物から帰ってきた母親に見つかったのだ。 そして母親に客間まで耳を引っ張られて連れられ、正座させられ、蹴られた。 そこで冒頭に戻るのだ。
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