最高の女

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カリカリとパンをかじりながら、ふと、例のチケットに目を留めた。 本当は早くにそうしたかったのに、 好奇心に突き動かされて、柄にもなく浮かれる自分自身を認めるのが 何となく癪で、 出来る限り見ない振りをしていたのだ。 矢城は、あれだけ婚活に熱心な男なのに、 これに関してだけは 「勇気がない」 と言っていた…。 何だろう。 いい女がいるが会費が馬鹿高いとか、 詐欺めいた匂いがするとか…。 もしそうなら、矢城がくれて寄越す筈はない。 少なからず、互いに信頼は持っている。 皺を伸ばした長方形の券を、改めてよく見てみようと、 食べかけのパンを皿に置いた。 社名はない。 あなたにとって最高の出逢いをサポートする。 業務はシンプルのようだった。 よく見れば、表にも裏にも細かく何かが書いてある。 俺は温くなったカップを一口啜った。  会費は紹介ごとに支払う形式で、一人1万円。 これは同じ女と何回会おうが 追加はないという。 デート費用は自己負担だが、 男性が全額払わなければならない決まりはなく、 各々に任せる。 売春目的での利用は出来ないが、どちらかが金銭での関係を持ち掛け不快な思いをしたならば、 遠慮なく報告して欲しいとのこと。 以前利用のある会員についてのデータはあるが、方針として、年齢と現在独身である事実以外は、 双方通知しない。 先入観なく、『出逢う』為だと言う。 従って好みなども考慮しないので、その分料金は抑えてあるのだそうだ。 最後にこうある。 「出逢いはいくらでも提供出来ますが、最高の出逢いを見逃してしまうことのないよう、せめて数回は実際に会って、親睦を深めてみて下さい。一度お断りしてしまった相手に、再度出逢うことは出来ません。」 成る程。 言いたいことは解らなくもないな。 次々と相手を変えられる気軽さでは、しっかりと相手を見ずに結論を出す場合も おそらく多くあるのではないかと思った。 一人の異性を紹介するのに 1万しか取らないならば気軽に次へ行ける。 その方が正直主催者だって儲かる。 解せないのはそこだった。 この紹介所は、安易な結論を望んでいない。 少なくとも何回かは相手を知る機会を持って欲しいと言う。 営利の薄い、あまりに利用者には都合のいい話に思える。 ただこれのどこに、 勇気が要るのか。 矢城は一体、 何を怖がっていたんだ?
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