最高の女

13/16
前へ
/16ページ
次へ
矢城の自殺は、俺の日常に幾つかの変化をもたらした。 まず気軽な飲み友達、慕ってくれる後輩を亡くしたことで、 俺の帰宅は嫌でも早くなった。 人付き合いは得意と思っていたが、殆ど同じ相手と過ごしていたのだと思い知った。 派手に相槌を打ちながら、少しの酒で童顔な顔を赤くして俺の話を聞いてくれる矢城がいなければ、 誰かと出掛けようという意欲も、面白おかしいエピソードを作る気力も、たいして湧かないのだった。 だから先輩はダメなんですよ。 懲りない人だなぁ。 うわぁなんですかその会社。 こうなったら先輩、独立ですよ独立。 カンパニー創設しちゃうしかないじゃないですかぁ。 「馬鹿…」 昨日届いた形見分けの箱を開けもせず、リビングの入口に置いたまま、それはそのまま矢城の面影となる。 「俺に会社なんてやれやしないって言ったのは、お前だろ…」 だからぁ、馬鹿になんてしてないですって。 先輩はオールマイティですよ。 そつないですもん。俺なんか羨ましいですよ本物の馬鹿だから。 ただねぇ、フレキシブルさに欠けるんですよ。 わかります?柔軟性。 だから経営者向きじゃないっすねぇ。 「うるせえな…お前に言われたかねえよ…」 いい奴だった。 矢城、お前はいい奴だった。 女の話ばかりで、いい加減で、すぐ落ち込んで、すぐはしゃいで、 そして俺が誘えば必ず来てくれた。 …もう、先輩ってば俺のこと好きでしょ? 俺も暇じゃないんですよ? 野郎二人でB級映画なんか観たりして、だから彼女出来ないんですよぉ。 「矢城…ごめんな」 2DKの殺風景な部屋に、自分の声が虚しく響く。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加