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隣にいる後輩は、既に酔いが回り出しているようだ。
だいたいが、
弱いくせに酒好きだから、
独身で彼女なし、急いで帰る用事もない、
まぁ飲めるほうで癖も悪くない、
そんな俺を、
こいつはよく誘うわけだ。
「この蛸に痛覚があったら、今めちゃくちゃ痛いでしょうね」
「あるわけないだろうが」
矢城は割り箸の先で、
小鉢の蛸わさびをつついている。
後輩と言っても、高校時代の部活動の二年下で、
会社も違う。
お調子者のくせに意外に空気の読める男で、
からかい甲斐もあって疲れない相手だから、
たまにこうして二人で飲むのが嫌いではない。
更に言うなら、矢城にも彼女はいない。
いや、いたりいなかったり、
と言うべきか。
とにかく全く続かないから、
いないようなものだ。
そこも俺には気楽だった。
会社の連中は、妻帯者ばかりで、
たまに独身でもいずれは結婚する予定の彼女がいたりする。
のろけも愚痴も、子供の自慢も、
あまり聞きすぎると白けてくる。
その点こいつなら、
「今度こそ運命の彼女を見つけました」
「彼女は運命の人じゃありませんでした」
を数回聞いただけ。
俺にとっても、
何とも楽な話し相手と言わざるをえない。
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