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その時点での俺には、
ステディな彼女がいるってことが、
それほど重要には思えなかったんだ。
いずれは出来るだろう。
必死になればなるほど、
良くない縁を引き寄せそうな気もしていた。
矢城は泣き笑いみたいな顔を向けて、
やや忠告めいた目で
俺に言った。
「ねえ先輩。いつかそのうち、なぁんて思ってんでしょう?」
「なんだよ」
内心僅かにどきりとした。
酔うとこいつの目は、
酔拳の占い師みたいだ。
そんな占いがあるとすればだが。
「最初はね、そう思ってましたよ。自分も」
でもですね…
「実際、本当のチャンスみたいなの、過去に何度かあったとは思うんですよ。」
でもその時には…
「まだ早いとか、もっといい女が現れるかもとか、何だかんだ怖じ気づいて、蹴るわけです」
矢城はウーロン割りをほぼいっきに飲み干した。
空なんですよ。
「気づいた頃には、正直周りの連中を羨ましいと思うことが増えてました。まだ自由でいたいとか、言ってた割に、自由でいて得たものなんか、特になくて」
「おい…」
「時間や金を家庭に取られるのが窮屈で嫌だと思ってる内に、自分はこのグラスの氷みたいになってるんです」
「おいって…」
「中身を注いでもらわなきゃ、飲んでも貰えない。中身を探して一人前になりたいって、焦ってる」
馬鹿げてますよね。
と、矢城はグラスに残った薄まった酒で唇を湿らせた。
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