朝倉ルルは困る

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「はあ~、やっぱすんげえ所だなあ、東京ってとこは……」 祭りでもないのに行き交う人、人、人。まるで蜂の巣をつついたかのように、せわしげに歩き回る人の群れに目を回しそうになりながらも、田舎から持ってきた大きなカバンを下ろす。 「えっと……、おばさんの家は……」 東京に来る前に母に渡されたメモに目をやる。中学を出て、憧れの女優になるために東京さ行きたいと言ったときは、家族をたいそう驚かせたが、一晩中その熱意を両親にぶつけ、なんとか説得する事ができた。しかし、やはり年頃の娘の一人暮らしは心配だという事で、東京に住んでいるおばさんの家に居候させるという条件は付けられた。 「ふふ、これから東京での暮らしが始まるんだな」 小さい頃から夢にまで見た華やかなテレビの向こうの世界。その夢の一部がこうして叶ったのだ。つい口元が緩んでしまう。別に現在なんかのオーディションに受かったわけでもなく、やっとこさ東京の高校の受験に滑り込んだだけなのだが、しかし、憧れの女優に向けた情熱は今なお燃え盛り、この情熱があればなんとかやっていけるのでは?という薄い期待もある。 「とりあえずまずはお茶屋さんでも入って落ち着くべ」 そう言いながらまた重い荷物を持ち上げた。
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