第一章

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「でも生憎、僕には見当がつかないよ。ごめんね。早見さん」 「ちょっ、ちょっと橋本君」 「ん?どうかした?」 「今、なんて言った?」 「へ?どうかしたって言ったけど」 「いやそうじゃなくて!もうちょっと前」 「前?何か言ったかな?僕」 「最近クラスの人達に聞いて回ってたって言わなかった?」 そう言えば言ったような気がする。 「なんで知ってるの?そんな事」 訝しげな表情を浮かべて早見さんが僕を見る。 ……確かに。日課でずっとあなたを見ていましたとかないよなぁ……。 「噂話さ。ほら、人の噂に戸は立てられぬって言うだろう?この間そこの男子達がべらべらと喋ってたのを聞いたんだ」 べらべらではないが聞き耳を立てた際に聞こえてきた会話だ。 おヒレは付けたが嘘は言っていない。 「そ、そうだったんだ。なんだか一瞬だけ誤解しちゃった。ごめんなさい」 ストーカーとでも思われたんだろうか。その辺は気になる。 まぁ誤解が晴れたのならそれでいいか。 「僕こそ、秘密の話に水を差すような真似して悪かったよ。知らない人が知ってたら疑いたくもなるさ。気にしないで早見さん」 『千里ー。時間だよー』 僕が場を取り繕った直後、教室の外から彼女を呼ぶ声が響く。 「あ、ごめん!今行く!橋下君。さっき話した事、何か思いついたら気軽に声掛けてね」 「うん。わかった。考えておくよ」 僕の了承を受け取った早見さんは廊下の方に駆けて行った。 またも一人になった僕は窓の外の景色を眺める。 (……尾崎さんか……) どうしたものだろう。前から気にはなっていた人ではあるが、それは僕だけじゃなかったか。 これを機に少し動いてみても良いかもしれないな。 面白半分興味半分なんて言えば人聞きが悪いが、クラスの人の為と言えば響きはいい。 それに早見さんにとっても都合が良いはずだし僕にも都合が良い。 僕は残りのコーヒーを飲み干し、ペンとノートを取り出す。 そこに尾崎冬華と名前だけを書き記してばたりと閉じる。 「読んでみようか。この彼女の心の中を」 そう思い立ったのは、春風を運んでいた小春日の射すとある午後だった。
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