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八月一日 静岡県富士山麓
土曜日。1330時。エンジ色のヘルメットと訓練服に身を包んだ東都防衛学院中等部三年二組一班──東防中一班──は、深いブナ林の中を、第三陣地目指して進んでいた。
班長を務めるのは瀬波ヒカリ。
班員は名取トウコと鶴見タロウ。
三名で構成される小班に課せられた任務は第三陣地までの斥候だった。彼らの行動によって背後に控える仲間たちの運命が決まる。
(暑いね。それに、重い。でも、ヒカリ。頑張って)
名取トウコは、三メートルほど先をよろよろと進むヒカリの背を見つめていた。
小柄なヒカリは重さが十キロはある背嚢に押し潰されそうだ。両手で支える八九式自動小銃が腕の力を、暑さと湿度が体力を奪っていく。
※
「わたし、自分を変えたいんです。両親やお兄ちゃんたちを見返してやりたくて」
一年生の夏、クラス対抗二キロ走の途中で走るのを止めてしまったヒカリは、泣きながら訴えた。
「でも、やっぱり無理」
「行こう、ヒカリ。わたしが一緒に走るからがんばろう?」
トウコは励まし、なんとか完走させた。ゴールしたヒカリの喜びようはよく覚えている。しかし、後ろめたかった。面倒を見たのは、クラスから脱落者を出したくない一心。目標を学年一位から全員完走に切り替えなくてはならなかったのはヒカリのせいだ。
責めたくなる気持ちを抑え、一緒に喜んだ。不本意な結果でも、ヒカリにとっては快挙なのだ。これで自信をつけてくれれば、次に繋がる。
「良かったね、ヒカリ」
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