1.金曜日午後一時半。コンクリートが

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   二〇二六年七月三十一日 千葉県佐倉市  金曜日午後一時半。 コンクリートが剥き出しの無骨な研究棟に、高千穂バイオテック株式会社のスタッフ全員が集まっていた。 社長の宗田武を含む総勢十九人が、まもなく始まる、会社の存亡を懸けた実験の準備を見守っている。 彼らの視線を背中に浴びて装置の最終チェックをしているのは主任研究員の滝沢智則。 いつものようにスウェットの上下に白衣を羽織り、サンダルをパタパタと鳴らして歩き回っている。 歩くたびに揺れる後頭部の寝癖は、彼のトレードマークだ。一見、淡々と作業を進めているようだが、近づくと、祈りにも似た呟きが聞こえてくる。 「大好きだよ、《ラン》。頑張ってくれよ」 《ラン》とは三年前、二十九歳で結婚した妻の名でも、もちろん、愛人の名前でもない。 Regeneratable Artificial nerve.つまり、可再生人工神経の頭文字を取ってRAN──《ラン》。
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