プロローグ

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春とは。 冬を経てようやく桜が枝を飾りたて、誰もが新しいはじまりに心躍らせる季節。 しかし、時に春は俺に柔らかい春風だけでなく憂鬱まで運んでくる。 こんなはずじゃなかった。 頭の中で呟いて文庫本のページを捲る。 新しく割り振られた教室窓側、後部の一席に、俺は座っていた。 「ねぇ…もしかしてあの窓側に座ってるのが噂の茅原くん?」 「そうそう!成績優秀、スポーツ万能、おまけに性格とルックスもいいっていう、あの茅原くんだよ!」 「お近づきになりたーい!…でもなんか大所帯とか嫌いそうだよね」 「たしかに話しかけにくいかも」 「あ…あれ茅原じゃね?」 「マジ?…俺あいつの雰囲気苦手なんだよ」 「なんで?」 「なんかなー…とっつきにくいんだよなー。ほら、一人になりたいんです的な?」 「あー、わかる」 「そっとしといてやろうぜ」 憧れや羨望、興味、偏見、好奇、期待… その他諸々、色んなものを含んだ視線が全身に突き刺さる。聞こえてくる噂も不本意に耳をすり抜けていく。 こんなはずじゃなかった。 焦燥、苦悶、葛藤。 今の俺には、春という穏やかな季節と見事に相反する感情が蠢いていた 。 俺はそんな出来た人間じゃない。 ただの、普通の高校生でしかないんだ。
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