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「龍久(タツキ)。もう寝るよ」
上から垂れ下がっている紐を引くと、橙色の豆電球が2人を優しく包み込んだ。
「まだ眠くない」
「眠くなくても寝るの。明日起きれないよ」
母は息子を促すように布団の端をあげる。息子はブーブー文句を言いながらも母の横に寝そべった。
「そんなに寝れないならおかぁちゃんが1つ、話をしてあげる」
「やったぁ!」
息子は目を輝かせながら、早く早くと母の顔を見る。
「んふ、じゃあ目を瞑って聞きなさい」
「あーい」
母の温もりを感じながら目を瞑り、母の声を待つ。母は満足そうに息子の頭を撫でると小さく息を吸った。
「むかしむかし、あるところに心の優しい龍がいました。龍は、村人が飲む水さえないと嘆いていれば恵みの雨を、寒さで震えていれば暖かな風を吹かせます。龍は村人に愛しみをもって接しました。しかし、ある日のことです。龍がいつものように天高くから村を見下ろしていると……」
夢中になって聞いていると、プツンと突然テレビが消えたように、母の声が途切れた。不思議に思った息子は恐る恐る目を開ける。
「ぉ……」
そこには、包丁の刃先を息子の額に当たるか当たらないかのところで構えている母がいた。
「ねぇ、龍久。龍久もこの龍のように、優しい子だよね?」
おかぁちゃんが優しいおかぁちゃんではなくなった時、素直におかぁちゃんの言うことを聞くのが一番だと知っている息子はコクコク頷く。額にじわりと血が滲んだ。
「んふ、なら、お母さんの為に死んで」
母は虚ろな目で笑うと包丁を振り上げた。
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