お題☆龍

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 急に現れた自転車とぶつかりそうになり、龍久は声をあげた。慌てて避けようとしたら、足が縺れてしまい尻から倒れる。それと同時に自転車は激しい音をたてながら地面に伏っした。  ジージーと余韻を楽しむかのようにタイヤが回っている。それを眺めている龍久の瞳に光はなかった。  びくんと体が跳ねる。やっと我に返った龍久はゆっくりと立ち上がった。目の前にあったはずの自転車が無いことに気づくと、ぶるっと体を震わせる。龍久は事件現場から逃げる犯人のように、そそくさとその場から立ち去った。 ――いかんいかん。そうだ。話を戻そう。えぇと、あぁ、夢だ。あの夢について考えていたんだ。あの夢を家で見ることはまずない。なぜか会社や電車の中で見るんだよな。……多分、それは 「とうちゃん!」  急に飛び込んできた声が龍久の顔を上げさせた。目の前に現れた旅館が、おかえりと微笑む。 「とうちゃん! とうちゃん!」 旅館から小さな影が走ってくる。すぐに息子だと分かった龍久の顔は自然とほぐれる。息子との距離があと少しになると、手を広げてしゃがんだ。 「とうちゃん! おかえり!」 「ただいま」 龍久は飛びついてきた息子を抱き抱え、今日だけは温もりのみが感じられる旅館へと歩きだした。  「1人でおとうちゃんの帰りを待っていたのか?」 「うん! 早くおとうちゃんに会いたくて! 見せたいものがあるんだ!」 「そうかそうか。楽しみだなぁ。でも1人でお外にでたら、怖い怖いオバケに食べられてしまう。だから、もう勝手にお外に出たら駄目だよ」 優しくさとすと息子は元気よくはい、と応える。龍久はにこりと微笑んだ。  息子はすっかり襖を閉じてしまった夜空を見上げる。何かに睨まれた感じがする。恐怖をまぎらわすために龍久にギュッと抱きついた。
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