梅昆布茶と宝石泥棒

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「あっ、すまん」 「あっ、ごめんなさい。」  2人はまたも同時に謝る。2度も声が重なったことが面白かったのか、妻は上品に手で口を隠し、くすくすと笑う。男も妻の顔を見て照れ笑った。焼き鳥の匂いが2人をわかかりし頃にタイムスリップさせたみたいだ。  しかし、それは束の間の出来事。妻の言葉がすぐに2人を現実に引き戻した。妻は手にしている指輪の引き換え券を男の顔の前でびらびらと振る。 「ねぇ、あなた。私、コレになんてお願いしたと思う?」  妻が言葉を言い終わるやいなや、男の顔からみるみると笑顔が消えていく。男は必要最低限の笑顔のまま妻の顔から目を逸らした。妻も微笑を浮かべながら男から目を離す。 「分からないなぁ」  答えなど聞きたくない、と心の中で付け足す。 「ふふ、教えてほしい?」  引き換え券を持った手で隠された口が妖気な弧を描いた。 「そういうのって、言ったら効果が無くなるんじゃないか?」 「そうよねぇ」  妻は口に手を当て斜め上を向く。 「……やっぱり言わない。絶対に叶えたいお願いだから」  そういうと肩から下げているバックに引き換え券を仕舞う。妻の言葉に男はほっと胸を撫で下ろし、そうかい、と悲しそうに言った。  自分が言わせなかったのに、妻が願いを言わなかったことに、なんとも言えない気持ちになる。お願いは浮気をしている男と一緒になれるように、なんて聞いたら最後。もう後には戻れない。この指輪をきっかけに離婚沙汰になろうものなら、男は李徴のように発狂して何処かに飛んでいきそうだ。  だけど、やはり男は妻の願いが気になって仕方がない。  男にとって妻の願いはパンドラの箱である。開けたいけど、開けたところで出てくるものは、男にとって残酷なものでしかない。分かっているからこそ、開かなかったのだ。
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