何も変わらない日常

2/6
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
 下から見た君も狂おしいほど美しい。 血が滴る包丁を両の手で固く握りしめている君。 君の手と包丁が同化しているように見えるよ。 本来ならリズムよく奏でるはずのモノは、君が震えているせいで不規則に赤い赤い雨音を響かせる。 君の澄んだ瞳に紅が映える。 僕を映した瞳はゆらゆらと揺れている。  さぁ、遡るは約30分前。  僕と君は新しい生活を始めるためにショッピングモールに来ていた。君は薄い桜色のワンピースにかぎ網のチョッキというなんとも可愛らしい格好で僕の横を歩いている。  僕の格好は至って普通。ジーパンに茶色の薄く模様が入ったベルトを巻き、黒い上着に君から貰ったシルバーのネックレスを首からぶら下げていた。 「あ、あった、あった」  君の愛くるしい声が様々な雑音の合間を縫って、僕の耳に飛び込んでくる。 「いっぱいあるな。どれが一番使いやすいんだ?」  そう僕が尋ねると君は可愛い眉間に皺を寄せ、うーんと唸りながら商品と睨めっこをはじめた。君の真剣な横顔が僕の理性を削っていく。もしここに人っ子1人居なかったら君を押し倒していたかもしれないね。 「やっぱり、出刃包丁が一番使いやすいよね。よしっ、これに決めた」  君の透き通るような声が僕の妄想の世界に入ってくる。いけない。いけない。  一生懸命に選ぶ君の姿があまりにも無防備過ぎて、あらぬ想像をしてしまったよ。君は厚手のビニールに包装されてある出刃包丁を僕に差し出した。 「この包丁があればいつでも君の手料理が食べれるな」  耳まで真っ赤に染める君から未来の詰まった包丁を受けとる。僕は包丁を買い物カゴに入れると床に置いた。 「ちょっ、ここ、公共の場。恥ずかしいってば」  僕の腕の中で暴れる君。あぁ、なんて幸せなんだ。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!