何も変わらない日常

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 君を抱きしめること約1分。  本当はもっともっと君に触れていたかったけど、君が恥ずかしがるから離してあげたよ。 「次は、鍋。鍋を見に行こ」  僕が返事の代わりに君の手をぎゅっと握ると、君も照れながら握り返してくれた。  君と付き合って早3年。手を繋ぐだけで、照れる君は純粋すぎるよ。僕は君からますます離れられなくなる。まぁ、手放す気はないけどね。  いまさら婚約を破棄するなんて言ったら僕は君に何をするか分からないよ。ここにある出刃包丁で刺しちゃうかも。  大丈夫。ちゃんと僕も後を追うから。君がいない世界に僕の未来はない。あるのは、君と過ごした愛しい日々の記憶だけ。  そんな世界で生きていて意味はあるのだろうか? 「危ない!!」  君の甲高い声と共に僕は突き飛ばされた。不覚にも握りしめていた手を離してしまった。僕がこの手を離なかったら結末は変わっていたのかな?  後悔しても仕方がない。僕は真実をここに記すだけ。それが君が隣にいない僕にできる唯一のことだから。  さぁ、話はいよいよクライマックスに突入する。  君は僕を突き飛ばすと、買い物かごから飛び出した出刃包丁を拾い上げた。君は震える手を呵責しながら、厚いビニールから鋭く光る出刃包丁を取り出す。  そして僕の前に立つと蛍光灯で照された刃先をある男に向けた。  その男は一歩、また一歩と、確実に僕達の元へ歩み寄ってくる。包丁を震えながら握りしめている君の横をゆっくりと通りすぎる。  男は自分を守るかのように全身を黒で包み込み、自分の存在を認めてほしいかのように、バタフライナイフを僕に向かって振り上げた。
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